MYTH 人の心、海に落ちた針の如く


「俺、好きな人がいるんだけど、言ったらバレる〜」

すべては同僚のこの一言から始まったと思う。

その日は私、同僚Oさん、Oさんの友人Sさんで小さな居酒屋で飲んでた。

乾杯してから、友人に恋愛のことを問い詰められ、同僚のOさんがそう答えた。

私はとっさに、後輩の顔が浮かんで、「もしかしてGちゃんのこと?」と言い返した。

Oさんの顔から驚きの表情が読み取れる。「え?なんで分かるの?」

分かりやすいっていえば分かりやすい。
Gちゃんは男性の社員みんなにとにかく優しい。愛嬌がいいし、お酒が好きだから付き合いもよい。会社での評価はなかなかいい。

とりわけ、Oさんによくちょっかいを出す。からかうように見えるけど、声のトーンや笑顔、雰囲気から、Oさんに抱く感情はほかの男性社員に抱くそれとは違うと察しが付く。

ただね、厄介なのは、Gちゃんに彼氏がいること。

結論から言えば、Oさんは振られた。

居酒屋にいた夜、私とSさんは、Oさんが話してた、数々の物語から、絶対脈ありと判断し、Oさんの背中を押してた。

話によると、Gちゃんに彼氏ができる前に、何回もOさんにサインを出してたみたい。でもOさんはピュアっていうか、頑固っていうか、社内恋愛はあり得ないと返事したらしい。それでもGちゃんからのアプローチは止まらなかった。

曖昧な時間だけが過ぎ、やがてGちゃんに彼氏ができた。人間ていうのは、皮肉なことに、失ってはじめて大事にし始めるものだ。Oさんもその時に初めて自分の気持ちに気付いた。

だけど、律儀なOさんは、向こうに彼氏ができた以上、距離を保とう、自分の淡い恋心を抑えようと思ったが、Gちゃんからの誘いは絶たなかった。

それ以降も何回か二人きりで、カラオケでオールしたり、ドライブに行ったりしたことがある。Oさんの家や友人の集まりにも顔を出したりしてた。本当にカップルのような雰囲気らしい。

普通彼氏がいる人は、ほかの男性と二人きりでオールしないよね、という推測に加えて、あんなに前にGちゃんが告白みたいな言葉をかけてたから、相当Oさんが好きだったと思った。

好きという気持ちは、時間と会う頻度の減少とともに薄らいでいくけど、その二人は同じ職場だし、帰りも同じ電車だから、気持ちをすぐ切り替えることは難しいじゃないかな。だからきっとまだチャンスがあると私もSさんが思ったのだ。

そしてもう一個大きいのは、二人は今年会社行事の幹事であること。何か目的を共有し協力し合う時は、もともと心の繋がりが生じやすいので、それが恋心に発展していく場合も珍しくない。

さらに、Gちゃんの親友も何回かOさんに暗示して、Gちゃんがまだ好きだよという雰囲気を醸し出してる。

もちろん、略奪愛を勧めるって最低!と思われるかもしれないけど、自分の気持ちを伝えるだけ、伝えたら終わり、判断はあくまでもGちゃんに任せるんだよ、というのが三人の結論。

片思いとすれ違いの気持ちは痛いほど分かるので、伝えなかったモヤモヤと後悔をOさんに味わって欲しくなかったから。

私たちの話を聞いて自信がついたOさんは自分なりに、好意をGちゃんに伝え始める。

初めて告白した時もすぐLINEで報告してきたが、私は念を押して、‘期待せずに、あとはGちゃんの判断だよ’と返した。

Oさんは年上だけど、少年のような性格。
少年なだけに、期待しやすい。期待は時に物事を間違った方向へ運んでいく。余計に力を入れたり執着になるとか。

Oさんもできるだけ淡々と過ごす。相手が喜びそうなことだけに集中して、何々してほしいなど考えないことにした。

あまりGちゃんにプレッシャーを感じさせないために、出かける際は、場所や着る服など注意を払う。デート感を出したくないってOさんが言った。

二人はいい感じに見えた。

*

あの日、会社の食堂で、窓から差してきた夕日の薄暗い光を背に、

「俺、振られた。」とOさんが心配させたくない様子で、いつもの笑顔で私に伝えた。

「え?」

だって、先週末また二人で出かけたじゃん!Oさんの前日のワクワクした表情、そして嬉しそうに私に話したプランまでまだ鮮明に覚えているのに。

あっさり断られたらしい。あまりにもGちゃんの反応が冷たいから、Oさんもその場で失笑したという。

「俺、バカみたい..」

それでも笑ってくれた。あんな、悲しさしか読み取れない笑顔は初めてだった。

Oさんは、多分Gちゃんは楽しい雰囲気が好きなだけでしょう、それでいい、と優しくフォローした。
Gちゃんのことを考えて、気まずくならないように、自分も大して傷ついてないっていつも通りに振る舞おうと決める。

最初からこの結末は50%の比率で起きると思ったが、決して面白半分の気持ちで告白を勧めたわけではない。

人を好きになることは素晴らしいことだし、尊い。その気持ちを後悔に置き換えて欲しくなかった。

言わなかった後悔より、結ばれない切なさはまだ時間で癒せると思った。そしていつか別の方のおかげでこの辛さも忘れられていく。

後悔は違う。いうまでもお化けとして付きまとってくる。時にふいに思い出して心臓ら辺がぎゅっと痛くなることもある。

だからそう経験させたくなかった。

Oさんの姿は小さく見えたが、同時にスッキリしたようにも感じた。

人の心は本当に分からないもの。そしてコントロールできない。だから、他人を傷つけない前提で、自分の気持ちに忠実に行動するしかできることはないかもしれない。

Oさんに幸せになってほしい。

<追記>

振られたことをバネに、Oさんはバイオリンを学び始めた。もともと多才でギター、打撃楽器ができるOさんのことだから、1回目のレッスンで講師に‘超優等生’と褒められたらしい!

本人最近の顔は少しずつ明るくなってきた。

(中国語無)

Sony A7ⅱ

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